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インタビュー 松葉重樹(株式会社zengo)|ビジネス工場見学 FILE.4

2023.09.27

本インタビューシリーズは「ビジネス工場見学」をキャッチコピーに、経営者の頭の中を工場に例えて、どのようなプロセスを経て唯一無二のサービス創造に至ったのかを紐解いていきます。経営者の数だけ存在するビジネスの生産現場に潜入していきましょう!

この記事では
「経営者の過去の経験」を原材料の調達、「サービス立ち上げ」を加工・製造、「サービスローンチ」を出荷・提供という名称で表現しています。

第4回目となる今回は『株式会社zengo』の代表取締役社長である松葉 重樹氏を訪ね、松葉氏の頭の中にある「工場」での経営プロセスや考え方を見学させていただきました。

『株式会社zengo』はM&Aアドバイザリーをメインとした会社です。譲渡先企業の市場や事業特性の理解・オーナー経営者様との対話を大事にすることで、未来へとつながるM&Aの実現を目指しています。直近では多岐にわたる業界知識を生かした人材コンサルティング業も開始されました。

松葉氏自身も事業者側の立場で2度のM&Aを経験し、様々な転機と挑戦を繰り返す中で本当に大切なことや自分らしい道は何かと問答を続けてきたと言います。松葉氏が株式会社zengoを形作るまでの全貌を紐解いていきましょう。

松葉 重樹(株式会社zengo 代表取締役)

1974年生まれ。香川県出身。1998年4月に日本NCR株式会社に新卒で入社。その後、2000年9月株式会社サイバーエージェントに入社。メディア部門の広告事業立上げ、事業責任者、ベンチャーキャピタル部門に携わる。2007年5月に株式会社ブレイナーへ転職。その後2008年に起業するがリーマンショックの影響を受ける。一時、楽天株式会社や株式会社Kauli取締役、株式会社fluct取締役に従事し、2018年に再度起業。現在の「株式会社zengo」を創業しM&Aアドバイザリー事業でITベンチャーから製造業、サービス業の企業の発展的事業承継の支援に尽力。その他IT関連での事業構築や企業再生に長け、開発支援から採用まで現場に近い経験と感覚で事業活動支援を得意とする。

ー 本日はよろしくお願いします。

松葉 よろしくお願いします。

ー 松葉さんは74年生まれなので、来年で50歳になられますよね?

松葉 そうですね。8月で49歳になります。

ー では約50年の歴史を紐解かせていただきます!

~原材料の調達編~

反省したのは「負けたくない。1番になりたい」と思ったこと

ー 早速ですが、松葉さんのご出生の話まで遡ってもいいでしょうか?

松葉 もちろんです。なんでも話しましょう!(笑)

ー ありがとうございます!(笑)生まれも育ちも香川県なんですよね?

松葉 そうですね。香川出身です。

ー ご家庭のことを簡単に伺ってもいいですか?

松葉 父親はタクシーの運転手で、母親は地元の縫製工場で働く正社員でした。本当によくある田舎の……なんていうのかな。裕福ではない家庭で育ちました。

ー 松葉さんは元々野球少年で、名門の尽誠高校(尽誠学園高等学校)に行かれたとお伺いしています。

松葉 そうですね。中学の時も野球部で、小学校の時も学校が束ねていたソフトボールチームの一員でした。

ー どんな子供だったんですか?

松葉 ちょー優等生でした(笑)小学生レベルですけど、めっちゃ勉強できたんです。テストはほぼ100点で。

ー すごいですね!(笑)

松葉 でもこれが実はよくない話で。要は努力しなくなっていくんですよね。中学校くらいまでは通用するんですが、高校の勉強ってなると内容が多岐に渡るし細かくなる。そこに対して努力しなかったんです。高校くらいから勉強を面倒くさがり始めました。

ー なるほど。そうなるとどこかのタイミングで挫折を経験したり劣等感を持ち始めたりしそうですが、その辺はいかがでしたか?

松葉 それが、それまで地頭でやってきて努力しなかったから劣等感がなくて。もちろんスポーツの勝ち負けに関しては「1番になりたい!」みたいなプライドはありました。そういう意味ではハングリースピリットはありましたね。でも劣等感はありませんでした。

ー ちょっと話がズレますが、ビジネスの中でも「利益率や成長率とかで負けたくない!」みたいなプライドって若い頃持たれてましたか?「あいつよりもちょっと会社を大きくしたい」とか。

松葉 ありましたね。ただそのプライドを持っていたことが30代の時の反省でもあって。

30歳くらいの時に「会社をやりたい」と思い始めて、世の中のいろんな経営者を見て「負けたくない。1番になりたい」と思っていたんです。でも本当は勝ち負けって関係ないんですよね、経営って。つまり”人そのもの”であったり”経営者そのもの”であるのが経営だから、「自分らしくあれるかどうか」が一番大事だと思うんです。ただ当時は「あいつらに負けたくないから」っていう指標で物事や考え方を進めていました。そんな時に出会ったのが、前田さん(ビジネス工場見学の第二回目でインタビューさせていただいた前田徹也さん)なんです。

ー え、そうなんですか?!!前田さんのお名前をまた聞けるとは!!

松葉 実はそうなんですよ。その時って「このメンツだったら会社は成功するだろう」って、それぞれの人間の「役割」を見た上で打算的に経営していたんです。

例えば2008年に一度起業した時は「制作の人、開発の人、資金調達や営業は自分」というように役割を決めていました。「この3人が組めば一定のところまでは行くだろう」と思ってたんですよね。ただこれって、その人の「人間性」ではなくて「役割」が前提ですよね。それで前田さんに怒られました(笑)「松葉ちゃんはね、”誰とやるか”っていう重要な部分が欠けてるよ!」と。欲が先に出ちゃってたんですよね。だからなんていうのかな。世の中で本当の意味で「勝負できる、していく」っていう精神状況ではなかったかなと。

ー ずっと幼少のころからやられていた野球も、既に組織やチームが存在している上で選抜される世界じゃないですか。つまりは勝ち負けの世界だと思うんですけど。松葉さんは前田さんから「誰とやるかだよ」って言われた時に「ああ、確かにそうなんだ」って素直に思えましたか?「いやいや、前田さん何言ってるの!勝ち負けの世界でしょ!」ってなる人もいると思うんです。

松葉 そうはならなかったですね。逆に原点回帰したというか。野球というスポーツを通して言うと「一人で戦えないからこそ皆が紡ぎ合わせるチームワーク」ってとても大事なんです。それを思い出させられました。人と協業することが大前提の世界で生きてきて、人と何かをやることに抵抗も違和感も多分なかったはずなんです。、だからこそ、はじめて起業をした時に自分の我欲が加わってしまったことが、本来の自分に向いていない思考プロセスを生み出してしまった。それが失敗の要因だったんじゃないかと。

ー 図らずして、前田さんとの対話が第二のスタート地点になったと。

やっぱり人は環境によって育つ

ー 松葉さんは大学を卒業された後、新卒で日本NCR株式会社に入社されています。入社のキッカケって何だったんですか?

松葉 大学4年生の時に「ITに携わりたい」と考えて、日本NCR株式会社を選びました。起業したいっていう考えは大学時代から既にあって、経営者として成功するには「これから流行るものをやった方がいい」と思っていたんです。当時、ITっていう用語は”ソフトウェア”ではなく”ハードウェア”を連想させていました。例えばサーバーやパソコンを作っている会社が”IT企業”と呼ばれていたのでそういった会社を軒並み受けました。それで結果的に通ったのが日本NCRでした。

見学メモ その1
ハードウェアパソコン本体および周辺機器のことの総称。
ソフトウェアハードウェア上で働くプログラムの総称。
サーバーコンピューターネットワーク内で、他のコンピューターやデバイスに対するサービスやリソースを提供するコンピューターまたはプログラムのこと。
POS販売時点情報管理(Point of sale)の略称。小売業において商品の金額や個数管理機能を備えている機器をレジ(レジスター)と呼ぶが、レジのそういった機能に販売日時や顧客のデータなどの管理機能も加えたものをPOSレジと呼ぶ。

ー なるほど。

松葉 そこで営業を始めたのですが、なんかハマらなくて。会社の文化にも合わず。「このままだと組織の中で評価されないな」と思いながら仕事をしていた時にサイバーエージェントに営業に行ったんです。その時に出てこられたのが当時の役員の方で。その日に「ウチに来ないか」って誘われたんです。

大学時代からインターネットに可能性を感じていたので、インターネットビジネスをやっているサイバーエージェントに元々興味がありました。興味があったからこそ、わざとNCRの商材を持って営業に行ったんですよね。あと、サイバーエージェントの創業者であり代表取締役の藤田晋さんは僕より一つ上の歳なんです。複合的な興味があって、「何か得られるんじゃないか」っていう考えで飛び込みました。

ー サイバーエージェントに入社されて何か変わりましたか?

松葉 変わりました。やっぱり「人は環境によって育つ」と痛感しました。周りの同世代が死ぬほど働いて、切磋琢磨して競争し合っている。そして自分にも責任のある役割があって、さらにその役割には裁量もある。入社した瞬間から「これは手も気も抜けない」みたいな感じで気合いが入りました。

そこから真剣に、生産性の非常に低い状態でも試行錯誤しながら仕事をするようになりました。例えばExcelの作業一つとっても時間をかけて徹夜をしたり。余談ですが、結果的にそのExcelが仕上がらないということが毎日起こって、仕上がってないのに昼間は別の作業と問い合わせ対応で時間が取れないからまた夜からExcelに向き合って時間がどんどん深くなっていくなんて日常茶飯事でしたね。そういったことの連続で色んなことに気付けた期間だったと思います。そんな2000年初期でした。

インターネットビジネスのダイナミックさに触れた

ー その当時はめちゃくちゃ忙殺されていたんですね。

松葉 家に帰れたのは午前3時くらいでしたね。3時くらいに帰って3〜4時間だけ寝て、当時9時出社だったから8時くらいに起きて。それがまあ3〜4年は続きました。

ー 松葉さんにもそういう時代があったんですね!面白いなぁ〜。その頃はメディアの営業をしてたと伺っていたんですが、どんな仕事だったんですか?

松葉 当時はスマホもなくガラケーの時代だったので、ガラケーの広告を売ってました。あとPC広告も。「melma!!」という事業で「件名記事広告」っていうのを発明して、それがバカ売れしたんですよ。”広告の内容を件名に書く”っていう内容だったんですけど、めちゃくちゃ広告効果がよかった。ユーザーが件名を見て反応して、広告の文章まで辿り着いてそこで初めてクリックする。それがバカ売れすることによって事業が潤うわけです。当時3,000万くらいだった月商が、最大9,600万くらいまで上がったんですよね。それがまあ楽しかった。

見学メモ その2
ガラケー「ガラパゴスケータイ」の略。日本独自の進化を遂げた国内メーカー製のケータイのことを指し、多くは折りたたみ式やスライド式が取り入れられている。現在はスマートフォンの対のものとして表現されることもある。
melma!(メルマ!)サイバーエージェントがオン・ザ・エッヂと共同で立ち上げたクリック保証型広告付き電子メールマガジン配信事業「クリックインカム」から派生したサービス。

ー すげえ!約3倍!

松葉 そうなんです。たった1年程度で3倍。このダイナミックな感じがインターネットなんだなって痛感して、もう楽しくて仕方がなかったです。上司と自分でゼロから企画を考えて、その企画が売れるから楽しくて楽しくて。

ー 企画を出してから決裁が下りるまではどのくらいのスピード感でしたか?

松葉 一瞬でした。上司に「こんな企画考えたので作りたいんだけど」って言ったら「いいじゃないですか、やりましょう」って。

ー はやっ!!(笑)

松葉 今だと当たり前かもしれませんが、そのスピード感も当時は斬新でした。稟議書や見積書を作ったり、決裁までに上司3人くらいに相談したりしないといけないとかは全くなかった。1人に相談して物事が進むこのスピード感。これがもうたまらなくアドレナリンが出て、夜遅くまで働いても全然苦じゃないみたいな。そんな26歳だったんですよ。

ー サイバーエージェントには何年勤められたんでしたっけ?

松葉 7年です。それから株式会社ブレイナーに入社して執行役員になるんですが、Yahooに買収されました。その後、2008年に一度目の起業をするんです。ただ起業した直後にリーマンショックを受けてしまう。

見学メモ その3
リーマンショック2008年9月、アメリカの有力投資銀行であるリーマンブラザーズが破綻。それを契機として広がった世界的な株価下落、金融不安(危機)。

誰とやるかを重視したら誰とやればいいか分からなくなった

ー リーマンショックが…。冒頭で出てきたお話しだと、2008年の起業は3人でされたんですよね?

松葉 はい。共同創業みたいな感じでした。でも先ほどお伝えした通り、前田さんと出会って「役割から入るんじゃなくて誰とやるかなんですよ~!!松葉ちゃん!!」と言われて納得しました。最初はそれぞれの役割ありきで起業したから我欲が強すぎて。「これがあったら成功する」と思った役割で起業したら、やっぱり人との関係性が上手くいかず瓦解しました。

「役割で入るんじゃなくて人で入る」っていうその一言は大きいです。今でも大事にしている言葉です。

ー 1回目の起業がリーマンショックとその人間関係で頓挫してから、暫く落ち込みましたか?

松葉 落ち込みました。でも翌月には転職活動を始めていたので切り替えは早かったかもしれません。それで楽天に入社するんです。

ー 楽天在籍時には、その前田さんからのアドバイスを自分の中でふんだんに投影させて仕事をしていたのでしょうか。

松葉 そうですね。でも「誰とやるかだよな」って言われたもんだから、逆に誰とやったらいいか分からなくなったんですよ(笑)。そこで悩みましたね。心の中で「起業する」っていう目標は諦めてなかったので、余計に。

ー 今はもう誰とやるかっていうのは見つけましたか?それともまだ探してる最中ですか?

松葉 探しています。というより人生道半ばだとずっと思っています。だからこそこういう話がずっと続くんだと思うし、全部が自分の中で終わっていないんです。

ー まだ完結はしていないと。

松葉 してないです。

ー 楽天の頃に話を戻させていただいて、楽天時代は主に何をされていましたか?

松葉 広告事業ですね。広告枠の開発。当時の楽天っていうのはブログの広告枠を作って売上を上げられるという環境だったからこそ「広告枠を作りませんか?そうするとこんな風に収益が上がりますと」っていう啓蒙を各子会社やグループ事業に行うみたいな、いわゆる広告枠の在庫を作るチームリーダーをしてました。

~加工・製造編~

40代での起業が最適なタイミング

ー そこから楽天を卒業して株式会社Kauli取締役に。

松葉 そうですね。Kauliに参画したのが2014年です。最初は営業部長として入ったんですが、後に取締役を任せていただきました。その後Kauliも買収されて株式会社fluctに吸収合併される。

ー ブレイナーの時から数えると買収を2回経験されてるんですもんね。やっぱり買収されてる側として思うことがあったから、M&Aのアドバイザリーをやるようになったんでしょうか?

松葉 「メンバーがもっと活躍できる可能性があったよな」とは思いました。でも今のM&Aのアドバイザリー事業を立ち上げるきっかけなんて、実は大したことはなくてですね。当時、株式会社fluctの後で転職活動を考えた時に「選考に沢山落ちるだろうな」ということが想像ついたわけです。要は、重役を勤めていた人間が就けるポジションが各社少ないから。今まで頑張ってきたのに沢山落ちるって、癪なわけですよ(笑)。悔しいんですよね。

「だったら起業した方がいいか」っていうのが発端でした。結果的に2018年10月に現在のzengo社を設立したのですが、その少し前の42歳くらいの時に前田さんと再会してまして。

見学メモ その4
M&A『Mergers(合併)and Acquisitions(買収)』の略。企業の合併買収や提携のこと。
M&Aアドバイザリー事業の売却や買収を検討している経営者からの依頼に応じて、M&A(合併と買収)に関連する戦略の策定から始まり、交渉代理、M&A契約締結後の統合(統合後業務)までを支援するコンサルティングサービスのこと。

ー 前田さんは松葉さんの重要な局面にいつでも登場してくださいますね!(笑)

松葉 そうなんです(笑)。前田さんに久々に相談しました。そしたら「面白い人間がいるから集めるね」と言って話を進めてくれて。

今振り返ると、40代で起業を考えるっていうのは自然って言えば自然ですよね。一定の経験を経て営業をし、事業を立ち上げて失敗や小さい成功を重ね、そういう30代を過ごしてさらに会社を売却され、売却された後の色々な経験もして。

ー M&A業界で見ると相対的に40〜50代の経営者ってお若いんですか?

松葉 若くありたい(笑)拡大解釈して、40代の経営者は脂が乗り始めてるタイミングかなと思います。後はやっぱり僕の場合、全てのモチベーションや考え方の根本になるのは「人のため」という言葉なんですよね。それに気が付いたのがここ5年くらい。だから40代で起業するっていうのは最適なタイミングだったのかなって自分の中では思います。

~出荷・提供編~

人が好きだから興味が湧く

ー 現在松葉さんがやられているM&Aアドバイザリー事業に関してお伺いしたいのですが、業種とか規模とか問わずご対応されているのでしょうか?

松葉 問わないですね。事業承継案件だけでなく、30〜40代のベンチャー企業社長からの相談もあります。

ー ”仲介業”ってただ売り手さんの要望を叶えればいいって思ってる方もいるかもしれないですけど、読んで字の如く”アドバイザリー”なので対話の積み重ねがモノを言いますよね。

松葉 そうですね。諭す?っていうんですかね。そう言う意味では売却を希望されている社長さんは年上のアドバイザーに頼った方が上手くいく気がします。ただ事業承継ってなると話は別ですね。

見学メモ その5
アドバイザリービジネスシーンで企業に対してさまざまな助言・提案を行うこと。特に企業の経営層に経験や専門性を持って助言できる人や顧問を指す。

ー 例えば若くして活躍されている士業の方達も、ある程度経験を積んだアドバイザーを頼った方がいいのでしょうか?

松葉 その方がいいと思います。ステークホルダーの人たちがどんな考えや動機でその事業に向き合っているかっていうことを理解せずに財務諸表だけで判断をして会社の買主候補を提案することもできてしまうんですけど、そういった方向性でやる人とは中々マッチングしないですね。マッチングしても幸せにならない可能性がある。

見学メモ その6
ステークホルダー株主・経営者・従業員・顧客・取引先のほか、金融機関、行政機関、各種団体など、企業のあらゆる利害関係者。

ー 逆に事業経験者で、結果的に士業など専門職についている人は強いと。

松葉 はい。どんどん事業経験者がM&Aやアドバイザリー、エージェントの職種に流れて来てくれたりする世界になれば、より幸せな人たちが増えるんじゃないかなと思っています。

人たらしのつもりで言ってるんじゃなくて本当に興味がある

ー 仕事での失敗談とかもあればぜひお伺いしたいです。

松葉 「求められてるから沢山応えてあげたいと思って頑張ってしまう」ところが自分にはありまして。そう思って受け続けてしまったからこそ、物理的だったり時間的に頑張れないことも出てくるわけで。過去にそのせいで、相手方の会社さんにコミットメントできなかったことがありました。彼らなりに一生懸命やっているのに、僕の時間に限りがあるから温度感に差が出てしまった。彼らに貢献ができなかったっていうのが自分の中の最大の失敗ですね。その経験から「相談を受けすぎるのではなくて自分が強い気持ちで断る」ってことも大事だなと思い始めました。”受け入れない努力をする”というのがテーマですね。

ー ”受け入れない努力をする”。なるほど。

松葉 でも本当に人が好きなんですよ。「その人はなぜそういう判断をしたんだろう?」って想像するのが大好きなんですよね。だから常に人のことを考えてる。気づいたら多分20代くらいからずっと人のことを考えてる。ウザがられるから最近は聞かないようにしてますけど、20代や30代の時はよく相手にとってはつまらないような質問をよく投げかけてました。「なんでそんなことやったんですか?なんでそうやってんですか?」って。

最近後輩に「松葉さんそういうこと聞くの上手ですね、人たらしですね」って言われたんですけど、僕は人たらしのつもりで言ってるんじゃなくて本当に興味があるんです。

ー そう聞くとM&Aアドバイザリー事業も基本的に話を聞きに行って中間に入るという点で、現在の事業内容は松葉さんに最適性があると感じます。

松葉 そうですね。昔から営業をやっていましたし、今も社長業なので営業の要素が強いと思うのですが、自分の中で営業が向いてるとは思ってないんですよね。気が付いたら自然と営業になってる感覚に近いかもしれないです。どんどん人に話しかけていくし、それが楽しいんですよね。今のzengo社でのここ5年が1番働いているし、楽しんでいるかもしれないです。時間にしたら1番濃い時間を過ごしてる。

ー 先ほどお話しに出ていたサイバーエージェント時代よりもですか?

松葉 結果的にサイバーエージェント時代より働いてると思いますね。あの時ってシステムも人もノウハウもなくて、そういう意味じゃサイバーエージェント時代の方が時間は長かったかもしれないけれど、自分の中では無駄なことをやってしまう回数も多くて。若い頃はその方がいいと思いますけど。

ー 未経験のことも多かったから粗削りで右往左往していた当時と、角が取れてやるべきことが把握できている今とでは似て非なると。

松葉 そうですね。それが40代ならではの面白さなのかもしれません。

60歳まで働くとして今40代だと、あと働けて20年。僕の場合だとあと10年。単純に言えば1年を10サイクルしかできないって考えるとちょっと焦るというか。死を感じるというか。そうした時に「無駄なことをやっている場合じゃない」みたいな自覚が芽生えてきて。できるだけ無駄なことはしないように….と思いながらも、ついつい無駄なことしちゃいますけどね(笑)

ただ無駄を削りすぎると自分らしさがなくなるから「どこまで無駄を残してどの程度削るか」というのが最近のテーマですね。

自分の考えが世の中にハマるかどうかを試してみたい

ー 松葉さんは常に変わり続けている人生だと思うんですが、普段はあまりご自身のことを語られない印象があります。それは何か理由があるんですか?

松葉 自分の過去を話すことに意味を感じないんです。もちろん話さないといけない場では話しますが、その瞬間が過ぎ去ってしまったあとは価値がないと思っていて。経営者っていうのは本当に唯一無二で色んな経営者がいていいなと最近思うわけですが、「どう自分らしくあり続けられるか」っていうスタンスを持った経営者に周りが惹かれていくものだとも思ってるんですよね。世論に対していいものであるということを突き詰めれば自然と人はやってくると思うんですよね。

ー その語らずして人が寄ってくることを実現されているのが凄いです。松葉さんのやり方を今の20代がやろうとしたら同じようにはできないような気がするのですが、その辺はどう考えられますか?

松葉 同じような価値観の人は沢山いるはずなので、多分やれると思いますよ。今って情報化社会だからこそ情報に踊らされて自分を見失っている人が多いと思うんです。苦手なことをわざわざやったりとか。その中で小さな成功を手にしてしまうと本質が分からないまま成長してしまうし、失敗してもそれが失敗なのかどうか自分で気付けなかったりすると思うんです。そういう部分を勝手に心配しています。

ー 松葉さんが今やられている事業に感じている魅力ってなんでしょうか?

松葉 規模がダイナミックなところですね。影響を与える規模が大きいというか。例えば小さい規模でも40人〜100人の社員がいるのでその社員に対しては間接的に、オーナーに対しては直接的に影響力があることと、自分が判断した情報を受けて相手方・経営者・株主は決断する。そのコンサルテーションが刺激的ですね。

ー 相手方の見えないところの人生も背負っているからでしょうか?

松葉 そうですね。

ー そこまで気にしてくれるんですね。松葉さんがM&Aアドバイザリー事業をやろうと思ったのは「人」が軸だったと思うんです。やっぱり人なくして組織というのは形成されないからっていうところがテーマなんですか?

松葉 M&Aされて移りゆく社員たちがある日を堺に買い手企業の傘下に入ると、文化も違うので戸惑いますよね。そういう環境に突然なってしまう子達が可哀想だなと思うので、できるだけ可哀想じゃない感じでリードしてあげたいなと思っています。あともう1個はね……えっとね…..忘れました(笑)

ー 忘れたんかい!(笑)そういうところも松葉さんらしくていいですけど(笑)。でも「自分がやってもらえなかったからやってあげたい」っていう気持ちも強いのでしょうか?

松葉 「自分がやってもらえなかったからやりたい」というよりかは、「その経験を経て世の中に対して改善の提案をしてみたい」っていう感じですね。

ー じゃあ松葉さんの中では実験的な要素もあるんですね。

松葉 そこを面白がってます。何でも試してみたいですね。トライしたい。「こういう場合は世の中のこの人たちはどんな反応するんだろう」っていう事象を沢山知りたいです。僕のモチベーションですね。稼いでいる額とか関わっている規模とかで興味の範囲や関心度は全く変わらなくて、どんな事象でも同じテンションの高さなんですよね。

ー 松葉さんのそういうところに皆惹かれるんだと思います。松葉さんがフロントに出ることが前提の会社としてこれからも進んでいくのでしょうか?

松葉 そうですね。やっぱり個別に寄り添って話し合った方が、買い手さん・売り手さんにとってもいいと思うので。

それ(M&A事業)とは別に人材紹介事業も行っているのですが、そっちはBtoCで沢山の求職者に「自分の経験・価値観をプラットフォームとしてシステム化して提供したい」と考えています。ただ、システム化する中でも属人的なものを残してサービスや会社として謳う。沢山の求職者が我々に触れることで、納得度の高い求人企業との出逢えたり、人によっては起業に進んでいくっていう世界を作りたいですね。

自分のこの考えが世の中にハマるかどうかを試してみたいです。この欲の出し方が自分に向いているんじゃないかなと。

ー 面白いですね!!

松葉 勝ちたいとかお金儲けしたいとかじゃないんです。そりゃお金があるに越したことはないんですけど、お金儲けだけができる事業をするつもりもないです。「結果的にそれがお金儲けになる」っていうのとはプロセスが違うんですよね。

やっぱりメインに持ってくる気持ちは「やりたくてやってるし、好き」でありたい。それが自分らしさかなと思っています。

ー 今までのM&Aアドバイザリー事業から派生して、人との寄り添いに関しては人材紹介を自分に合ったペースでやっていくっていうのが今後の方針でもあると。

松葉 はい。自分なりの人材紹介業を世の中で試してみたいです。後はファンド組成もしてみたいです。ファンドを作って自分で事業を買って、その事業にコミットして、関係するステークホルダーの人たちと向き合いながら「どれだけ自分が変われるか、自分が周りを変えられるか」を試してみたい。

見学メモ その7
ファンド投資信託のこと。複数の投資家から資金を募って大きな資金を作り、運用の専門家が株式や債券などに投資・運用する商品を指す。

ー 特に投資したい事業が今あるわけじゃなくて、それは後付けでもいいってことですもんね。

松葉 はい。お金というツールを使って、沢山の人に影響を与えられるチャンスを得たい。

ー めちゃくちゃいいですね!!ファンドは若手経営者から結構年配の方まで全方位で業界関係なく考えてますか?

松葉 ニーズがあれば事業承継からベンチャーまで。例えば上場企業の子会社をスピンアウトしたいみたいな状況があって、その時にお金があったら引き受けたいなと思っている事業子会社が2社くらいあったりする。そういった時に受け口になれば、マネジメントを教えてその人の配下にも影響を与える。やっぱり事業っていうのをやってるのは「人」だから、人に影響を与えることによって売上が変わるとか取引先やステークホルダーが変わっていくんです。そういう様子を見たいですね。

見学メモ その8
スピンアウト会社の一部分を切り離して独立させること。元の企業との関係が切れる場合を指すため、元の企業のブランドや販売チャンネルといった資産は活用不可。

そしてそういう様子を見るってことはその会社は潤ってるはずだから、結果的に出資者の人たちにも潤いやビジョンを与えるんじゃないかなっていう……算段ではいます(笑)

まあ手前では自分のリソースを全部人材紹介とM&Aに割いてるので、ちょっとファンドには手を出せないですね。

ー ではM&A事業と人材紹介事業に今は集中して、ゆくゆくの目標としてはファンド立ち上げ、ですかね?!

松葉 どちらかというと「何をやるか、何をやってきたか」よりも、その経験を経たことで形成された自分の考え方を世の中に伝えたいんです。だから今日はその話を沢山できてよかったです。ありがとうございました!

ー こちらこそです!松葉さん、本日は本当にありがとうございました!


今回のビジネス工場見学は楽しかったですか?
松葉氏から出荷されたサービスは下記から確認してみてくださいね!

『株式会社zengo』HP https://zen-go.jp/

さて、次は誰の工場を見学しよう。

文章・写真 泡沫コト

7歳の頃から小説を書くことに魅了され、2018年からフリーランスライターとして活動開始。現在はwebライティングをはじめWebサイトや広告などのコピーライティングや、ゲームやイベント、映像関係などのシナリオ・脚本制作を行なっている。また、小説や詩、エッセイや写真などの表現活動を通して物語やコンセプトの創作にも取り組んでいる。好きなものは珈琲、散歩、温泉、アート、エンタメ全般。これからゲーム配信に挑戦しようとしている。

企画構成・インタビュアー・編集 いそっち

事業戦略策定、戦略に基づく戦術(マーケティング、コンセプト、コンテンツ)の企画を生業としている。 以前はアドテク業界でトレーダー、HR業界でアナリストを務める。座右の銘は「1%くらいが好きになってくれれば良い」。好きな食べ物TOP3はいちご大福、柿の種チョコ、サーティーワンのポッピングシャワー。Twitterアカウント「ふたむら、曰く@observefutamura(https://twitter.com/observefutamura)」の運用者。お仕事のご相談はお気軽にDMまで!

インタビュー実施場所

Studio HEYA(スタジオ・ヘヤ)

東京・西日暮里にあるキッチン併設のハウススタジオ。
朝も夕も自然光が差し込む2階の南西向きに位置しており、木とアイアンとヴィンテージ家具がバランスよく調和する空間です。
ファッションポートレートや商品撮影、キッチンシーンを取り入れたライフスタイルカット、自然光を活かしたレシピカットなど、さまざまなシーンの撮影に適応できます。

スタジオの詳細が知りたい方はこちらから!(https://heya.lamm.tokyo/

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