見えない容認と、サブカルの時代がくれた自由―もう一度、同志が集えるカルチャーを
- FIELD NOTES
DATE . 2025/09/29
高校時代の集まりから見えた“あの頃の空気”
金曜日は、関東に住んでいる高校の同級生との集まりでした。
去年、同級生の一人が「そういう集まりがないから同窓会をやってほしい」と言い出したことがきっかけで、実はLINEグループが存在していたことも判明。別の女性の同級生に集客をお願いして、5月には20人ほどの会が実現しました。
その流れで「じゃあ東京でも少人数でやろう」という話になり、関東在住組で小さな飲み会を開いたというわけです。
変わり者が多かった、あの学校
当時から感じていたのですが、僕の高校は「変わっている人」が本当に多かった。
ちょうどサブカルチャーが流行っていた時期だったこともあって、イケイケなコギャル系よりも、どこか捻くれたサブカル的なキャラが主流だった印象があります。
それは進学校だったことも関係していて、勉強ができる人は「悪いグループ」に入りにくい。そのぶん、モテ路線以外の自分なりの“勝負の場所”を探してサブカルに行き着いた、という感じ。
僕も、そのパターンです。
“普通”がダサいという価値観と、その先にあるキャリア
サブカル気質の人たちは天邪鬼なので、
「普通に大学に行って、普通に就職するのはカッコ悪い」
という発想を持っている人も多かった。
実際に、写真家になった人、格闘家になった人、評論家になった人、料理人になった人、ゲーム会社を立ち上げた人など、かなりユニークなキャリアを歩んでいる人たちが多いのです。
大学の友人よりも、むしろ高校の友人の方が、独自の思考で仕事を選んでいる割合が高いように感じます。
“見えない容認”が生んだ自由
集まりの中で聞いたエピソードが印象的でした。
音楽の授業では、作曲課題や演奏中に教師が控え室に引っ込むことが当たり前だった
起業していた同級生が、机の上にFAXを出してクライアントとやりとりしていたのを、教師が黙認していた
僕自身も、卒アル撮影の前に抜け出してマクドナルドに行き、ポテトの箱(25周年)を持って撮影した
…こういうことが、「当たり前」だった。
今思えば、学校側がそれなりに自律心を信じていたから、というのもあるのかもしれません。
サブカル+時代背景+学校の“空気”
この自由さが生まれた背景には、以下のような要素があったと感じています。
当時の社会の画一性に対する反発
サブカルチャーのスターたちの存在
学校の“容認主義”という空気
この3つが掛け合わさって、「型にハマらないこと」が自然と許容されていた。
そんな風土があったからこそ、自分なりのルールで生きていく人が多く育ったんだと思います。
多様性の時代に、かえって孤立する
今は「多様性」という言葉が溢れていますが、実際は“凡庸な多様性”ばかり。
反抗するほどの強固な主流派もいなければ、趣味嗜好で自然に集まる“同志的な小集団”も見えにくい。
だからこそ、自分の選択を貫こうとすればするほど、孤独になるリスクが高まる時代なんじゃないかとも思います。
僕がもう一度つくりたいもの
僕はもう一度、同志で集まれる「カルチャーとしての括り」を見える形でつくりたいと思っています。
ファッションや振る舞いに“世界観”がある
見ればわかる“思想”がにじんでいる
どこかで出会って「仲間だ」とわかる
そんな文化が、僕たちには必要なんじゃないでしょうか。
企業や学校がイデオロギーを持たずに“運営”だけしている時代。
だからこそ、僕たちはカルチャーというかたちで思想を可視化する必要があると思っています。
あなたの中の“カルチャーの火種”を、表に出してみませんか?
僕はこれからも、単なるビジネス支援ではなく、文化として思想がにじむプロジェクトや集団づくりをしていきたいと思っています。
「こんな文化があったらいいな」
「実は自分の中にも、そういう火種がある」
そんな方がいたら、ぜひフォローやコメントで教えてください。
いつか一緒に、見えるかたちの“同志の文化”をつくりましょう。
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