「発信」は誰のためにするのか——恥ずかしさの先にある“自分の整理”
- THINKING
DATE . 2025/11/07
こんにちは。経営のための創造社・二村康太です。
中小企業のブランディングやMVV設計の仕事をしながら、こうして日々noteを書いています。
ここでは、思考を整理しながら、自分の考え方の軌跡を残しています。
さすがにこの数になってくると内容が似てくることがあるかもしれません。今日はおそらく以前書いたものに近いですがご了承ください。
見ている人の気持ちになるのは、案外むずかしい
今日は、「なかなか見ている人の気持ちになるのは難しい」という話です。
毎日のようにnoteを書いていると、当然ですがコンテンツが増えていきます。
それに加えて、2年以上続けているPodcastや、再開したFacebook・Instagramなど、
自分を知ってもらうための活動を続けているうちに、
少しずつ周囲の僕への見方が変わってきたような感覚があります。
「読んでるよ」「面白いね」と声をかけてくれる友人やお客さんが増え、
ありがたい一方で、はっきりとした“態度変容”までは分かりません。
ただ、自分の考えや主義を話した時の相手の受け止め方が、
以前より柔らかくなっている気がするのです。
でも「僕の見方、変わりました?」なんて聞けるものでもありません。
なぜ人は“主張”をしないのか
そこで、逆の立場になって考えてみます。
SNSでも日々の出来事を発信している人は多いけれど、
“自分の考え”まで発信している人は少ない。
なぜなのかを考えてみると、理由は明確です。
面倒くさい
文章にできない
恥ずかしい
僕自身もそうでした。
けれど、“文章にできない”を解消すると、“面倒くさい”は消えます。
僕はもともと文章を書くのが苦手だと思っていて、
読まれるのも恥ずかしかったのですが、
「考えていることを人に話す」ことはできていました。
なので、それをただ文字に起こすことだけに集中してみたのです。
すると意外と出てくる。
つまり、日々の出来事の中で“何をどう感じたか”を振り返る習慣を持てばいいということです。
“恥ずかしい”を超えると見えてくるもの
次に立ちはだかるのが「恥ずかしい」。
おそらく、「自分のことなんて誰も興味ない」という気持ちがあるのでしょう。
もしくは「いいねが少なかったらどうしよう」「反応がなかったら恥ずかしい」という不安。
日本人は特に、他人の評価を先に見てしまう傾向があります。
フォロワー数やリアクションの多さで、つい自分を測ってしまう。
いわば「行列ができている店」に行きたくなる心理です。
でも、たまには“レビューがない店”に入ってみる。
そのとき、自分の感覚を信じるしかありません。
僕はこの“感覚を信じる力”を大事にしています。
人に対する評価も、数値では測れないものです。
それなのに「見える数」で判断しがちになる。
そして“数を稼ぐ側”だけが発信を続け、
そうでない人はますます発信を控えるという循環が生まれる。
これが、今のSNS的な構造だと思います。
ひとりごとのように続けてみる
僕は、ようやくその循環を抜け出しました。
もはや反応も数も気にならない。
ひとりごとのように書いています。
それを読んで何かを感じる人もいれば、
「変わったな」と思う人、能力を測るように見る人もいるでしょう。
でも、それでいい。
それぞれの感覚に任せて、僕はただ“自分のため”に続けていこうと思います。
「発信」は、誰かに評価されるためではなく、
自分を見つめ直すための行為でもあります。
発信の向こう側にあるのは“他者”ではなく、
少し先の自分なのかもしれません。
もし今、
「発信したいけれど恥ずかしい」と感じている方がいたら、
まずは“誰にも見せない日記”からでもいいと思います。
考えを言葉にすることが、思考を深め、行動を変えます。
あなたの“ひとりごと”が、いつか誰かの背中を押すかもしれません。
誰かに伝えるための発信ではなく、
自分を理解してもらうための発信へ。
その延長線上に、ブランドの“本当の姿”があります。
ケイソウシャでは、言葉・デザイン・発信を貫く
あなたらしいストーリーづくりをお手伝いしています。
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